ケベック・シャルルボアしあわせキュイジーヌの旅

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「創始者」がいた店

さて、話をシャルルボアに戻したいと思う。「シルク・ド・ソレイユ」の創始者の1人、ダニエル・ゴルティエ氏の手によるお洒落なホテル「オテル・ラ・フェルメ」があるベ・サン・ポールで、僕は若い頃にゴルティエ氏が「出入り」していたというレストランをのぞいてみた。

店の名前は、「ムートン・ノワール(Mouton Noir)」。ポップな羊のマークが、恵み豊かなベ・サン・ポールという土地を象徴しているかのようだ。

1976年にコンビニのような形態でスタートしたこの店は、80年代になるとピアノ・バーやアーティスト・カフェ、あるいはライブバンドが演奏するカフェ・レストランへと姿を変えながら、ヒッピーやフォークシンガーなどベ・サン・ポールの若者たちに愛され続けてきたのだという。

僕はゴルティエ氏と「ムートン・ノワール」の関わりを「出入り」と書いたけれど、もっと言うと「出入り」にとどまらず、彼はウエイター兼バーテンダーとして「ムートン・ノワール」で働いていたんだ。

そして、ゴルティエ氏は、今も「シルク・ド・ソレイユ」を率いるもう1人の創始者、ギー・ラリベルテ氏とここで出会うことになる。

この店がなければ「シルク・ド・ソレイユ」も存在しなかったのかもしれない。そんな「ムートン・ノアール」は今や、ベ・サン・ポールを代表する人気のレストランだ。

店の人気料理はなんといってもジューシーでボリューム満点の「シェパード・パイ」。もともとイギリスの料理だった「シェパード・パイ」には羊の肉も使われるし、アメリカでは牛肉だったりもするようだけど、「ムートン・ノアール」ではメープル・シロップを使って甘味を加えた豚肉が使用されている。

このパイ生地の中にぎっしりと詰まっているメープル風味の肉を想像してほしい。「想像」って書いたのは、僕がナイフを入れた後、写真を撮るのを忘れたまま食べるのに夢中になり、あまりに「しあわせ」な状態になってしまったからだ。本当にごめんなさい。

申し訳ないけれど、パイの中をぜひ見たいという方は「ムートン・ノワール」を訪ねてほしい。なにせこのメープル風味の「シェパード・パイ」、2009年にはメープル生産者たちによるコンテストで、メープルを使ったナンバーワン料理に輝いたほどの逸品なんだから。

ベ・サン・ポールには他にも押さえておかなくてはならない店がたくさんあって、地ビールがおいしいパブ、「ル・セイン・パブ・ミクロブルールリー(Le Saint-Pub Microbrewery)」もその1つだ。黒板に書かれたメニューがなんともいい感じの店だ。

以前は、店があるこの場所でビールを醸造していたけれど、おいしいビールが評判を呼び、近くに別の醸造所を建設して生産量を増やしたんだそうだ。

なにせ小麦を使ったビール部門では過去5年で4回もカナダ全土で「金賞」を獲得したというんだから、そのおいしさは保証付き。地元でこの店を知らない人はまずいないそうだ。

写真のように、4種類の地ビールの飲み比べができるセットもあって、しかも、どんどん新しい種類のビールがラインアップに加わるため、店に来るたびに初めての味に出会うことになる。でも、それじゃあこのパブを永遠に制覇できないじゃないか。

ビールのお供には、これまたビールでじっくりと煮込んだスペアリブがお勧め。ホロリ、ホロリと肉が骨から離れる。バーベキュー・ソースとの組み合わせが最高だ。

「シルク・ド・ソレイユ」の創始者であるダニエル・ゴルティエ氏とギー・ラリベルテ氏が出会ったベ・サン・ポールは、多くの芸術家が創作活動に取り組む洗練された街だ。

1920年代に活躍した「グループ・オブ・セブン」と呼ばれるカナダの著名な風景画家集団がベ・サン・ポールで創作活動を行ったことも、ここに芸術家たちが集まったきっかけらしい。

ちょっと覗いてみたくなるショップばかりが並んでいて、ル・マシフ鉄道でベ・サン・ポールを訪れた人たちはみんな、遊び心に溢れたこの町並みを散策するんだ。

画廊とかのイメージがあるからだろうか、絵や芸術作品を見るのはなんとなく建物の中という先入観があるので、ガラス窓から差し込む日差しの中で絵を覗き込むこと自体が新鮮に感じる。

ぶらぶら歩いていると、芸術家の銅像が現れたり、本当に暖かそうでカナダの冬にぴったりなウールの靴下がぶら下がっていたり。どれもこれも思わず手にしてしまう。

僕は東京で、「シルク・ド・ソレイユ」の講演を見たことがある。ポルトガル語で「卵」という意味の「Ovo(オーヴォ)」という作品。虫たちが主役という設定で、驚くべきパフォーマンスと笑いがいっぱいの舞台だった。

この街で2人の若者がカフェで出会ったから、竹馬に乗ったり火を吹いた入りしていた2人の大道芸人が出会ったからこそ、「シルク・ド・ソレイユ」が生まれたんだ。

ゴルティエ氏はル・マシフ鉄道のPRビデオでこんなことを言っている。

「歴史と伝説に満ちたこの有名な山の、そのどこか奥深くには、まだ誰にも発見されていない宝物が埋まっているかのように感じられます」―。

シャルルボアからは、これからも人々を魅了する「宝物」が生まれ続けるのかもしれない。

ケベック・シャルルボアしあわせキュイジーヌの旅
  1. 「しあわせ」いっぱいの旅が始まる
  2. 列車はあの滝から出発した
  3. 「しあわせ」なチーズの王国
  4. 可愛いけれど、おいしそう
  5. 緑色のケチャップ
  6. 「シルク・ド・ソレイユ」が舞い降りた
  7. 再び「ワンダケ」へ
  8. 「創始者」がいた店
  9. ハンク鈴木さんに出会った
  10. おいしすぎる島(1)
  11. おいしすぎる島(2)
  12. 冬の誘惑
  13. 続・再び「ワンダケ」へ
  14. 「しあわせ」すぎる夕食
  15. 「しあわせ」な人たちが暮らす場所

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。