ケベック・シャルルボアしあわせキュイジーヌの旅

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ハンク鈴木さんに出会った

シャルルボアで活躍する日本人シェフ、ハンク鈴木さんが僕に出してくれたメインディッシュは、今、この土地で売り出し中の牛肉だ。

頭とお尻が黒くて、お腹の部分だけがベルトのように白いという、ベルテッド・ギャロウェイという牛だ。

鈴木さんの料理を楽しませていただく舞台となったのは、ベ・サン・ポールを代表する人気レストラン、「ラ・ミューズ(La Muse)」。かつて鈴木さんが厨房を取り仕切っていた店で、場所を提供していただいた。

しっかりした歯ごたえのフィレ・ステーキ。鈴木さんは、「日本人には少し固く感じるかもしれない」と言っておられたけれど、そんな心配はまったく不要だ。

本当にいい感触の歯ごたえがあって、牛肉を食べていることをしみじみと感じさせてくれる。

でも、この皿がすごいのは肉だけじゃない。「治部煮(じぶに)」という料理をご存知だろうか。

小麦粉をまぶした鴨肉をメインに、お麩や青菜、銀杏などが入っていて、甘味のある餡がかけられている。添えられたワサビが実に素晴らしいアクセントとなっている、加賀百万石・石川県の郷土料理。北陸の寒い冬に「治部煮」は僕らを体の芯から温めてくれる。

煮込む音が「ジブジブ」と聞こえたとか、人の名前から来ているとか、「治部煮」の由来は諸説あるらしい。

この「治部煮」をイメージして鈴木さんが生み出したのが、ワサビをメープル・シロップで溶いて作る「ソース・ジブ」。フィレ・ステーキにたっぷりかけられている。

ワサビが甘味をギュッと引き締めながら、お互いが肉の旨みをこれでもかと引き出してくれる、名脇役のソースだ。

和洋折衷という言葉があるけれど、ワサビとメープル・シロップなんて「和・カナダ折衷」だ。

この皿にはおいしい付け合せがいっぱい。生クリームをつなぎにしたキドニービーンズとかぼちゃのムースは、メープルシロップと醤油が味を引き立たせている懐かしい味だ。

ステーキの横に添えられたコーンとりんごは甘味に加えてビネガーの酸味、それにシャキシャキの歯ごたえがたまらない。

カレー風味のチヂミの付け合せも楽しいし、あっさりしたチンゲンサイが箸休めにいい仕事をしてくれている。

ベルテッド・ギャロウェイのソーセージとオーガニックで育てた豚のサラミソーセージ、上には地元のポロ葱が乗り、それをカナダでもトップクラスの味を誇るシャルルボアのチーズがとろりと包み込んだこのひと品も最高だ。

アクセントとしてソースに散らしてあるのは、なんと七味唐辛子。

日本人には「重たい」と感じることもあるフランス料理は、ワサビや七味唐辛子、醤油などが加わることで味全体の印象ががらっと変わることを感じさせられた。

フランス料理人の鈴木さんが、日本の有名レストランからの誘いを振り切ってカナダに渡ったのは1994年のこと。

それまでの2年間、日本でカナダの食材を使ったフードフェアに関わるうち、メープル・シロップはパンケーキにかけるだけじゃない、もっと日本でメープル・シロップ普及させたいとの思いが募り、カナダ行きを決意した。

モントリオールのレストランを経て、今の拠点はシャルルボア。2003年にシャルルボア地方で、また2007年にはケベック州でグランシェフの認定を受けてもいる。

カナダに来てから料理人としての道を歩み始めたという妻の宇子(くにこ)さんが用意してくれたのは、鴨のコンフィのお寿司だ。

かつて、お寿司はなかなかシャルルボアの人たちには受け入れてもらえなかったそうだが、今では「シャルルボア寿司」としてすっかり定着していると聞いた。

料理人にとってシャルルボアというエリアはどんな魅力があるんだろうか。鈴木さんにそんな質問をぶつけてみると、「1つは、シャルルボアという1つのエリアでいろんな食材があること」という答えが返ってきた。

魚ならマスやサーモン、肉なら豚に牛にチキンにキジもあるし、ダチョウみたいな巨大な鳥、エミューだっている。ジビエも身近な食材だし、野菜もおいしい。チーズもカナダ全土で賞を取ったチーズがたくさんある。

「このエリアの特産はこれ、というのではなく、目に見える範囲にいろいろな食材がある」と鈴木さんは言う。

鈴木さんは、地元の酪農家とともに、シャルルボアの牛にりんごを食べさせて、よりおいしい牛肉を生み出すといったことにも取り組んできた。

日本のアイデアや調味料、知恵が、シャルルボアの豊かな恵みと伝統とマッチして、新しい味と料理を生み出し続けているんだ。

最後のデザートは、「ガトー・グランパ」と呼ばれる、シャルルボアの人なら誰でもが知っている素朴なスイーツだ。

鈴木さん曰く、「日本語にすれば、おじいちゃんのダンゴ」みたいなもの。ここにもメープル・シロップが見事に役割を果たしている。

やっぱりシャルルボアは、恵みの神様に愛でられた土地なんだ。だからこそ、一流の料理人がこの土地に呼び寄せられてしまうんだろう。

ケベック・シャルルボアしあわせキュイジーヌの旅
  1. 「しあわせ」いっぱいの旅が始まる
  2. 列車はあの滝から出発した
  3. 「しあわせ」なチーズの王国
  4. 可愛いけれど、おいしそう
  5. 緑色のケチャップ
  6. 「シルク・ド・ソレイユ」が舞い降りた
  7. 再び「ワンダケ」へ
  8. 「創始者」がいた店
  9. ハンク鈴木さんに出会った
  10. おいしすぎる島(1)
  11. おいしすぎる島(2)
  12. 冬の誘惑
  13. 続・再び「ワンダケ」へ
  14. 「しあわせ」すぎる夕食
  15. 「しあわせ」な人たちが暮らす場所

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。