トラベルエッセイ

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」

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血の色の酒とカーニバルの始まり=「ボノムの謎」その2=

かつてウインターカーニバルで実施されたコンテストの様子

「謎」が秘められているとはとても思えない、あの陽気なボノムが、実は正規のファー・トレーダーだけに許される赤い帽子をかぶっていた。

では、ボノムはファー・トレーダーなんだろうか。ボノムについて調べているうちに、僕はもう1つ、ボノムに関わる「謎」に遭遇することになった。それが「カリブー」という名前の、血の色をした酒だった。

血の色をしていて当然。なにしろ先住民たちがカリブー、つまりトナカイの血を飲んでいたところから、この名前がついたんだから。

ファー・トレーダーたちはビーバーの毛皮を求め、先住民の集落を訪ね歩いた。その時、先住民からカリブーの血を飲むよう勧められたんだそうだ。

なにしろ先住民たちは昔から、カリブーの血を飲むことによって、その魂や生命力を手に入れることができると信じていたのだから。

ビーバーの毛皮を持つトラッパーは、自分の下にやってきたヨーロッパ人に血を飲むよう勧めた。「固めの盃」みたいなもんだろうか。

もし血を飲むのを断ろうものなら、「俺の酒が飲めねえって言うのか」みたいなことになったんじゃないだろうか。なんだか酒が苦手な営業マンのつらい接待みたいだ。

なにしろ、一方的にビーバーの毛皮が欲しいのはファー・トレーダーの方であって、先住民たちに切羽詰まった事情はない。先に書いたように、ファー・トレーダーが物々交換のために持ち込む品々は生活必需品ではなく、嗜好品などが多かった。

だからこそ、ファー・トレーダーたちはカリブーの血を飲む必要があったんだろうと僕は思う。先住民のトラッパーに気に入られるために。そんなファー・トレーダーたちが、生臭い血を飲みやすくするためにこっそりと酒を混ぜた、というのがカリブーという酒の始まりと言われているそうだ。

もう、ウイスキーの水割りを飲むふりをしてウーロン茶を飲んでいる営業マンみたいで、なんだか泣けてきそうな話でもある。

今では、赤ワインと別のアルコールを混ぜたポートワインのように甘い酒、というのがカリブーの一般的な定義。ただし、色だけは今も血の色をしている、というわけだ。

ケベックの冬の祭典、ウインター・カーニバルの歴史は、このカリブーという酒と切っても切れない関係にある。

1954年にカーニバルが始まった頃、それはセンテライズ・ストリートという1つの通りを通行止めにし、雪像をつくったりする程度の小規模かつローカルな催し物だったという。

当時、その通りに住んでいたエンジニアの「チペールさん」というニックネームの男性が、雪像を作る職人たちにカリブーをふるまったことが、この酒とカーニバルを強く結びつけることになったんだ。

チペールさんはライセンスを取得して1960年にバーを開店。今で言えば、趣味を生かした「起業」といったところだろうか。

バイオリンとアコーディオンを聞きながら酒を楽しむチペールさんの店は評判を呼び、以来、カーニバルの時期にはチペールさんの店でカリブーを飲むのがケベックの人たちの楽しみとなっていった。

雪像づくりは寒いだろうからと、赤の他人を家に入れて酒をご馳走しようなんて思う人だから、そもそも客商売の才能があったんだろう。なにせチペールさん、1990年に亡くなるまでの30年間で150万人の客にカリブーを提供したと言われているんだから驚きだ。

さて、カーニバルの際に「カリブー」を飲むにあたっては1つの「作法」がある。まずはカーニバルの会場で売っているボノムの「杖」を購入する。次に、ボノムの頭のキャップを外し、杖の内部にカリブーを流し込むんだ。

カーニバルの時期は氷点下が当たり前。特に夜のパレード見物なんて、酒でもなくちゃ寒くてしょうがない。寒い時、そしてもう一段テンションをあげたい時、ボノムの頭をキュキュッと外し、杖の中のカリブーを飲むというわけだ。

まあ、杖は携帯用のウイスキーボトルみたいなもの。僕もやってみたけれど、ケベック通になったみたいで、いい具合にテンションが上がってくる。こんなことをやる日本人はそうそういないから、結構「受け」もいいし、余計にテンションが上がるってもんだ。

さて、チペールさんは1990年に亡くなってしまったけれど、人気の店の展示品が息子さんによって保存され、カーニバルの期間中だけ、プチ・シャンプラン通りにある劇場のバーに飾られている。

劇場の主人、リチャード氏がチペールさんの看板とともに、カメラにおさまってくれた。このバッジいっぱいのジャケットがチペールさんのトレードマークだったんだそうだ。

ケベック・ウインター・カーニバルの"マスコット"であるボノムと同じ赤い帽子をかぶったファー・トレーダーたちが、毛皮を持つ先住民たちと付き合ったことから生み出されたカリブーという酒。この血の色をした酒が偶然にも、ボノムとともに、ウインター・カーニバルになくてはならない存在となっているんだ。

劇場のバーには、チペールさんから息子さんが受け継いだのだろう、今のボノムとは印象が違う、昔のボノムグッズが所狭しと飾られていた。

漫画のキャラクターなんかも連載を重ねていくうちに印象が変わることがあるけれど、ボノムも同じなのかもしれない。

さて、このボノムの杖には結構な量のカリブーを入れることができるので、そう簡単には飲みきれない。夜、ホテルに戻って残りを飲んだけれど、こういう状況で1人で飲んでみると、ただ単に飲みにくいだけだった。

夜、ケベックのホテルで1人、慎重に杖を傾けながらカリブーをこぼさないように飲みほしていると、なんだか徐々にテンションが下がり始めた。

ああそうか、コップに注いで飲めばよかったんだ。

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」
  1. 「謎解きの旅」が始まった
  2. 最上級の帽子
  3. なぜ氷の滝を登ったのか
  4. 砂糖小屋にて
  5. 冬の Super Star
  6. なぜ氷のホテルに泊まったのか
  7. 陸を進む船 バーチ・バーク・カヌー
  8. ミッシング・リンク
  9. なぜ氷の上で競うのか
  10. 血の色の酒とカーニバルの始まり
  11. ヌーヴェル・フランスの終焉
  12. なぜ氷の上で語らうのか
  13. ハード・インディアン・シュガー
  14. ケベコワの誇り
  15. そして、すべての謎がつながった

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。