トラベルエッセイ

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」

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陸を進む船 バーチ・バーク・カヌー=「ビーバーの謎」その2=

自らの手で作ったバーチ・バーク・カヌーを見つめるマーク

カナダの人々が愛してやまないスノーマン、ボノムは、オフィシャルに認められた毛皮交易人=ファー・トレーダーだけに許される赤い帽子をかぶっていた。

ヨーロッパ人のファー・トレーダーたちは自らビーバーを捕まえることができないため、罠を使ってビーバーを捕らえるトラッパーのもとへと足を運び、毛皮を入手していたのだという。

だとすると、先住民ワンダット(ヒューロン族)最後のトラッパーであるマークのおじいさんのところにも、赤い帽子をかぶったファー・トレーダーが足繁く通っていたのかもしれない。

ワンダットたちが共同生活をしていた「ロングハウス」の中、焚き火の炎だけが灯る薄暗さの中で、マークの話が続けられた。

「じいさんがビーバーを捕まえていた場所は、ここからカヌーと歩きで3日ぐらいのところだ。秋の終わりか冬になる前ごろに出発して、ずっと帰ってこなかった。戻ってくるのは春。イースターのころだね」

マークのおじいさんは、ひと冬を森の中で過ごしながら、ひたすら獲物であるビーバーを捕り続けた。寒い冬を乗り切るために、ビーバーも自らの毛皮を分厚いものへと変化させていく。だからビーバーを捕らえるのに適した季節も冬、ということになる。そんなトラッパーたちの移動手段がカヌーと歩きだった、というわけだ。

この写真はマークの母方の人たち。

「みんなトラッパーだった。スノー・シューを履いて何日も何日も雪の中を歩いて狩りをしていたんだ。スノー・シューを履いたまま飛び上がって宙返りして着地する、なんて芸当もできたらしい」とマーク。

比較的楕円形に近い現代のスノー・シューに対し、先住民のそれはラケットのような形をしている。このスノー・シューをはいて雪の上を移動していた毛皮交易人たちがラケッターと呼ばれたのも頷ける話だ。

そして、マークが言ったスノー・シュー以外のもう1つの移動手段がカヌーだ。幸運にもホテルに併設された、あの先住民のテント「ティピ」の形をした博物館で、マークが2013年夏に作ったカヌーを見せてもらうことができた。カヌーづくりの伝統を絶やさないようにと、長老たちの指導の下、作業に当たったのだという。

こうしたカヌーは「バーチ・バーク・カヌー(Birch-Bark Canoe)」と呼ばれている。

バーチ・バーク、つまり白樺の樹皮で作られたカヌーだ。釘などの金属は一切使わずに、樹皮で一艘のカヌーを造りあげる。先住民たちが生み出した芸術品だ。

同時にそれは、この大地で生き抜いていくために不可欠な、スノー・シューにも勝る移動手段でもあったんだ。マークは言う。

「カヌーづくりは樹齢80年以上の白樺の中から、枝や傷、線の入っていないものを選ぶところから始まるんだ。樹皮を剥いだ白樺は枯れてしまうので、幹の部分はカヌーの内側のクロスバーなどの部材として使う」

「樹皮を編み合わせるのに使うのは木の根っこ。お湯で煮て柔らかくした後、縦に2つにさいて紐のようにして使う。そして防水が必要な部分には、トウヒの樹脂と熊の油を合わせたものを糊のように塗るんだ」

白樺の樹皮で作られた船体は、滑らかで優雅な曲線を描いている。樹脂と熊の油によって施された防水加工は、樹皮というキャンバスの上に描かれた文様のようでもある。

この美しい流線型のカヌーが白樺の樹皮、木の根っこなど、たった4つの自然の素材だけでできている。だからこそ、バーチ・バーク・カヌーには2つの利点がある。

1つは、材料がすべて森の中にあるから、壊れてもすぐに修理ができること。もう1つは、とても軽いので滝や急流に差し掛かった時には、カヌーをかついで陸上を移動できるという点だ。

マークが作ったバーチ・バーク・カヌーは2人乗り。おじいさんは気の合う相棒と組んでひと冬続く狩りに臨んだそうだ。

一方で、毛皮交易人=ファー・トレーダーたちのカヌーはずっと大きくて、15人乗りぐらい。といっても、ビーバーの毛皮を含め、様々な荷物があった上での15人乗り。全長25メートルなんてバーチ・バーク・カヌーもあったそうだ。

いろいろな資料で調べてみると、ファー・トレーダーたちはケベックやモントリオールから五大湖を経て川を進み、陸地ではカヌーを担ぎ上げて歩き、ウィニペグ湖やアサバスカ地方まで移動していたという。その距離は実に5000キロ近い。

カヌーを漕ぎ、カヌーや荷物を担いで移動する5000キロという距離を、どうイメージしたらいいだろう。

ファー・トレーダーたちはパドルで水をかき、急流や滝にさしかかったり、川が途絶えた時には、次の川を目指してカヌーと荷物を背負い、陸地を進んでいった、ということになる。

ファー・トレーダーが会いに行ったのは、マークのおじいさんのようにビーバーの毛皮を持つトラッパーたちだ。そのトラッパーもビーバーを捕らえるためにカヌーを漕ぎ、カヌーをかつぎ、ビーバーを追い続けたんだ。

マークがカヌーの内側を支えるクロスバーなどの作るための刃物の使い方を実演してくれた。

素朴な道具だけれど、それでも当時使っていたのはもっと切れ味の悪い刃物だったはず。いや、ヨーロッパ人が来る前は金属すらなかった。

そんな当時の人々が、白樺の樹皮で作ったカヌーを頼りに、水上と陸上を5000キロも移動し続けていたという。

陸を進む船。それがバーチ・バーク・カヌーなんだ。

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」
  1. 「謎解きの旅」が始まった
  2. 最上級の帽子
  3. なぜ氷の滝を登ったのか
  4. 砂糖小屋にて
  5. 冬の Super Star
  6. なぜ氷のホテルに泊まったのか
  7. 陸を進む船 バーチ・バーク・カヌー
  8. ミッシング・リンク
  9. なぜ氷の上で競うのか
  10. 血の色の酒とカーニバルの始まり
  11. ヌーヴェル・フランスの終焉
  12. なぜ氷の上で語らうのか
  13. ハード・インディアン・シュガー
  14. ケベコワの誇り
  15. そして、すべての謎がつながった

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。