トラベルエッセイ

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」

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ミッシング・リンク=「メープルの謎」その2=

メープルのチップで燻製したスモークサーモン

先住民のトラッパーのもとを訪れた毛皮交易人=ファー・トレーダーたちが、ビーバーの毛皮の「対価」として持ってきたのは、ヤカンやタバコ、ビーズに毛布、ピストル、針、スプーンといった品々。毛皮交易は日用品との物々交換だったんだ。

ヨーロッパのお金はもちろん何の役にも立たない。彼らにとってコインや紙幣は無価値だ。

そんな毛皮取引を介して一定の協力関係にあったからこそ、先住民からヨーロッパ人へとメープル・シロップの存在が伝えられた、というのが僕の推論だ。

そのメープル・シロップはさまざまな料理に使われるし、柔らかいメープル・バターや、さらに煮詰めて粉状や固まりにした写真のようなメープル・シュガーといった商品も生み出された。

メープル・シロップを愛してやまないケベックの人たちは、カナダの代表的な味覚の1つ、スモーク・サーモンだってメープルのチップで燻製してしまう。

ケベックにあるこの会社では、セントローレンス川の岸辺の砂糖カエデでチップをつくり、サーモンをスモークしている。昔から付き合いのある家具職人から分けてもらえるため、チップにかかる費用は安く押さえることができるんだそうだ。

砂糖カエデのチップを使うと、甘い香りと風味が出て、サーモンに付けた塩の味をマイルドに抑える効果もあるという。

ここまでなくてはならない存在となっているメープル・シロップだけれど、先住民からヨーロッパ人にどのように伝えられたかは諸説あってはっきりしない。

例えば、こんな言い伝えがある。

ある日、狩りが不調に終わった先住民の男が腹立ちまぎれに投げつけたオノが木の幹に突き刺さり、偶然、真下にあった鍋に樹液がポトリ、ポトリ。あとでその鍋でつくった料理を食べてみると、普段にはない甘さがあってビックリした、というストーリーだ。

しかし、ヨーロッパ人と出会う前の先住民のオノは動物の骨で作られていたはず。それが木の幹にグサリ、というのは、どう考えても空中を飛んでいる間にオノが金属製にすり代わってしまっているように思う。

それに当時の先住民が使っていた「器」は、あのカヌーと同じバーチ・バーク、白樺の樹皮で作ったものぐらいしかなかった。だから、鍋を火にかけて料理をつくる、というのも、いつの間にか金属製の鍋になってしまっているとしか言いようがない。これではどのように先住民からヨーロッパ人に伝えられたのかも分からない。

「謎」を追って、僕はケベック・シティの「シタデール」という店を訪ねてみた。店舗の2階にはメープル・シロップに関するいろいろな資料が展示されている。

ちなみにシタデールは、メープル・シロップの生産者組合。日本に輸入されるメープルも多くがシタデールのものだ。若い男性店員がこう説明してくれた。

「先住民たちは、ヨーロッパからの入植者たちが教えてくれるまで、メープルの樹液を火にかけて煮詰める技術を持っていませんでした。だから先住民は、今のようなシロップは作っていなかったようです」

樹液を煮詰める方法を知らなかったとしたら、先住民たちが手にしていた"メープル"とは何だったんだろう。先住民たちは、ヨーロッパ人にメープルの何を伝えたのだろうか。

「先住民は樹液を料理に使っていたかもしれないし、スープのように飲んでいたのかもしれない。そのあたりはよく分かりません」と男性店員。

僕はケベックからオタワへと移動し、先住民の人たちがどうやって樹液を利用していたのかを見せてもらうことにした。

雪が降る中、僕の前でのデモンストレーションを買って出てくれたのは、先住民の血を引く2人の若い女性。近くには、丸太をくり抜いた中に水が満たされている。この水をメープルの樹液に見立てているという。

まず彼女たちは火の中で十分に石を焼き、それを鹿の角を使って取り出し、木の葉で灰を払うと、丸太の中の水へと投げ込んだ。

ジューっという音とともに湯気が立ち上る。この作業を延々と繰り返し、樹液の水分を飛ばしていく。これが、はるか昔に彼女たちの先祖がやっていた方法だ。しかし、このまま焼いた石を投げ込み続けても、樹液が僕らがイメージするようなシロップになるとは想像しにくい。

樹液の濃度は増していくだろうけれど、その先にあるのはシロップではないだろう。

遠い昔のある日、先住民の誰かが、何かのきっかけで樹液=メープル・サップが甘いことに気づき、動物の骨でつくった刃物で幹を傷つけ、樹液を採取し始めたんだろう。しかしそこから先、メープル・サップがメープル・シロップになる間に、明らかに「ミッシング・リンク」がある。

僕は「謎」の解明のため、メープル・シロップの歴史に詳しいバーノン氏が経営するオタワのシュガー・シャックを訪れることにしたんだ。

カナダの歴史に触れるケベック「謎解きの旅」
  1. 「謎解きの旅」が始まった
  2. 最上級の帽子
  3. なぜ氷の滝を登ったのか
  4. 砂糖小屋にて
  5. 冬の Super Star
  6. なぜ氷のホテルに泊まったのか
  7. 陸を進む船 バーチ・バーク・カヌー
  8. ミッシング・リンク
  9. なぜ氷の上で競うのか
  10. 血の色の酒とカーニバルの始まり
  11. ヌーヴェル・フランスの終焉
  12. なぜ氷の上で語らうのか
  13. ハード・インディアン・シュガー
  14. ケベコワの誇り
  15. そして、すべての謎がつながった

著者プロフィール

平間 俊行 (ひらま としゆき)

報道機関で政治・選挙報道に携わる一方、地方勤務時代には地元の祭りなど歴史や文化に触れる取材に力を入れる。現在は編集部門を離れ、別分野の事業を担当しながら度々カナダを訪れ、カナダの新しい魅力を伝え続けている。